top05.jpg

HOME > 指定文化財

指定文化財

04-02.jpg

神明造の建築物としては、
わが国で唯一の国宝である。

本殿は、桁行3間、梁間(はりま)2間、神明造、檜皮葺(ひわだぶき)。中門(御門屋(みかどや))は四脚門、切妻造、檜皮葺。釣屋(つりや)がこれらを連結している。ともに寛永13年(1636)の造営で、江戸時代初期の端整な建築である。神明造の建築物としては、わが国で唯一の国宝である。創祀(そうし)については不明だが、平安時代に遡ると考えられている。



04-01.jpg

御正体 (みしょうたい)

銅製の円板に別鋳の仏像をとりつけ、あるいは毛彫りするか打出した懸仏(かけぼとけ)が16面あるうち、5面が指定、あとは附属指定。仏体は伊勢内宮の天照大神の本地仏(ほんじぶつ)である大日如来がほとんどである。年代の明らかなもので一番古いものは、裏面に朱の漆で「弘安元年(鎌倉時代中頃の1278)卯月廿一日、大施主平氏女」と記されている。その他には「弘安九年(1286)十二月廿二日、妙法尼」の墨書銘(ぼくしょめい)のあるものや「志んめい」「志んめいの御しやうたい」と記されたものがある。紀年銘のないものが多いが、作風から鎌倉から室町時代にかけて造られたものと考えられる。

重要文化財

bunkazai25.jpg

木造棟札 (もくぞうむなふだ)

仁科神明宮にある20年に一度の式年遷宮の際の棟札。一番古い南北朝時代の永和2年(1376)の棟札を始め、620年間33枚が残される。このうち江戸時代末安政3年(1856)までの27枚が指定されている。棟札の銘には造営の奉仕者をはじめ、奉公人、大小工、桧皮葺などの工人、また伐木から遷宮に至までの日時、経費などが記載されている。造営者は仁科氏の代々の領主、仁科氏滅亡後はその時の松本藩主。奉公人は仁科氏はじめ各氏の家臣。工人には金原氏の系統その他が記される。この記載から仁科氏の系統、その家臣、工人の系統などを読みとることができる。

重要文化財

04-03.jpg

仁科神明宮の社叢 (にしなしんめいぐうのしゃそう)

指定区域の面積19,258平方m。スギ・ヒノキが主で、他にアカマツ・クリ・コナラ・ツガ・モミなどがあり、いずれも巨木・大木である。境内に入ってすぐ左の三本杉は、中1本を欠損しているが、目通り周囲5.70m・5.45m、樹高50mをこえ美しい。これを加えて境内には、幹囲2mをこえる巨木がスギ20数本、ヒノキが10数本生育する。巨木の茂る下木としてアブラチャン・カラコギカエデ・コシアブラ・サンショウ・ミツバツツジ・タラノキ・ナナカマド・ムラサキシキブなどが見られ、林床にはコブナグサ・タガネソウ・ミズヒキ・ミズギボウシ・ヤブタバコなどの草木が生えている。

長野県指定天然記念物

04-04.jpg

古式作始めの神事 (こしきさくはじめのしんじ)

平安時代末頃伊勢神宮の御厨(みくりや)が設定され、仁科六十六郷の惣社といわれてきた仁科神明宮で、伊勢神宮の祈年祭(としごいのまつり)にならって行われる神事で、3月15日に奉納される。「作始め神事」と称し、鍬初めから苗代づくり・種播き・鳥追いまでの稲作りの模倣が、神楽殿内を1坪の広さに仕切った中で行われる。氏子区域の北木戸・中木戸・南木戸から青年男子が神楽員となり、白上衣に紺縞の袴、白足袋の装束で田人(たうど)の役をつとめる。

詳しくはこちらLinkIcon

長野県無形民族文化財(平成2年指定)

04-05.jpg

太々神楽 (だいだいかぐら)

仁科氏時代から伝承されてきたといわれ剣の舞、岩戸神楽、五行の舞、水継、幣の舞、龍神神楽、道祖神の七座(明治以前はこのほかに”大蛇の舞”があった)で、いずれも神話に基づきて作られた神楽である。面、装束をつけて古式ゆかしい笛や太鼓の音に合わせて舞うものと、謡曲によって能楽を演じるものとがある。古風で簡素な中にも神厳優雅な気品を備えており、全国的にも類例のないものとされている。

詳しくはこちらLinkIcon

長野県無形文化財(昭和44年指定)

宝物収蔵庫

ho01.jpg
拝観初穂料
大人300円・小人150円

st01.jpg

st13.jpg

仁科神明宮郷土環境保全地域

st02.jpg

この地域は、仁科神明宮の歴史的に特色のある自然環境を守るために指定された郷土環境保全地域です。仁科神明宮は、わが国最古の神明宮として国宝に指定されているほか数多くの文化財を有しております。また樹齢700年にも及ぶ杉、檜など古木が林立する社叢は極めて優れた自然環境を形成しています。